みなさんこんにちは。
前回の記事にて、
お金も、
仕事も、
人間関係も、
一見するとまったく違う問題のように見えていても、
その深いところでは、同じものにつながっていることがある、
ということについて、書かせて頂きました。
今日は、そこから少し視点を変えて、
「豊かさを受け取る」
ということについて、書いていきたいと思います。
宜しければ、今日も、
お読み頂けましたら幸いです。
*
「もっと豊かになりたい」
そう思ったことがある方は、きっと少なくないと思います。
豊かになりたい。
もう少し自由になりたい。
お金の心配をせずに、やりたいことをやってみたい。
好きな場所へ行ったり、
欲しいものを買ったり、
大切な人と、楽しい時間を過ごしたり。
そうした思いを持つことは、
とても自然なことだと思います。
*
そもそも、「豊かになる」ということは、
どういうことなのでしょうか。
身近なところでは、
「収入が増えること」かもしれません。
もちろん、それも豊かさの一つです。
*
私たちが日々の中で、
豊かさについて考えるとき、
つい、
「どうしたら、もっと手に入るだろうか」
ということに、
意識を向けやすいのかもしれません。
もっと頑張ればいいのだろうか。
もっと働けばいいのだろうか。
もっと能力を身につける必要があるのだろうか。
どのように行動すればよいのだろうか。
もちろん、現実を動かしていくためには、
行動することも大切です。
仕事をする、努力をする、など、
また、時には、
勇気を出して一歩踏み出すことが必要かもしれません。
ですが、もうひとつ、大切なことがあります。
それは、
「どれだけ手に入れることができるか」
ということだけではなく、
「どれだけ受け取ることができるか」
ということです。
*
たとえば、
誰かが、あなたに
何かをプレゼントしてくれたとします。
そのときに、
素直に「ありがとう」と受け取れる人もいれば、
「えっ、いいの?」
「なんか悪いなと思ってしまう」
「何かお返しをしなくちゃ」
などと、すぐに申し訳なさを感じる人もいます。
誰かが助けてくれようとしたときにも、
「ありがとう、助かります」と言えることもあれば、
「大丈夫です」と
反射的に断ってしまうこともあります。
褒めてもらったときにはどうでしょうか。
「嬉しいです。ありがとう」と受け取れることもあれば、
「そんなことないです」と
すぐに打ち消してしまうこともあります。
*
なぜ、
素直に受け取れるときと、
反射的に打ち消してしまうときがあるのでしょうか。
その背景には、
「自分は、どれくらい受け取っていい存在だと思っているのか」
という、
心の深いところにある感覚が
関係していることがあります。
私たちは、自分が心の深いところから
「受け取ってもいい」と感じているものは、
比較的自然に受け取ることができます。
ですが、
その感覚を超えるようなものがやって来たときには、
たとえ現実には受け取っていたとしても、
心の深いところでは、
まだ受け取ることを許せていない場合があります。
たとえば、
大きな評価を受けたり、
思いがけない豊かさを手にしたりしても、
心のどこかで、
「私にはもったいない」
「こんなに受け取ってしまっていいのだろうか」
などと感じていれば、
その豊かさを、安心して受け取ることが難しいかもしれません。
現実には受け取っていても、
心の深いところでは、
まだ十分に受け取れていない、
そんなこともあると思っています。
*
少し違う例を挙げてみたいと思います。
たとえば、ずっと、
「人に迷惑をかけてはいけない」
と思って生きてきた人にとっては、
人から助けてもらうことそのものが、
難しいかもしれません。
「頑張った人が報われる」
ということを強く信じてきた人にとっては、
あまり苦労せずに得たものを、
どこか後ろめたく感じることもあるかもしれません。
「自分より大変な人がいる」
ということが気になる人は、
自分だけが幸せになることに、
申し訳なさを感じることもあるかもしれません。
そして、
「私には、それほどの価値はない」
という感覚を、
心の深いところに持っていれば、
大きなものがやって来たときに、
「私には、これは受け取れない」
と感じてしまうこともあるのです。
*
また、不思議なことに、
私たちは、
自分が「欲しい」と思っているものなら、
当然、受け取れるような気がします。
ですが、
「欲しいと思うこと」と、
「実際に受け取れること」は、
必ずしも同じではありません。
豊かになりたい。
愛されたい。
評価されたい。
もっと自由になりたい。
そう願っていても、
それが実際に自分のところへやって来たとき、
心のどこかで、
「私がこんなに受け取ってもいいのだろうか」
「私にはもったいない」
「何か悪いことが起きるんじゃないか」
などと感じることがあります。
望んでいたはずなのに、
いざ目の前に来ると、
少し怖くなってしまうのです。
そして、結果として、
受け取ることを遠ざけてしまう場合もあります。
少し不思議に思うかもしれませんが、
そんなことも、
実際にはあると思っています。
*
豊かさについて考えるとき、
「どうすれば、もっと手に入るのか」
ということだけではなく、
「すでにやって来ているものを、どれくらい受け取っているか」
ということも、
とても大切な視点です。
*
また、豊かさを
お金だけに限定せずに見てみると、
私たちの人生には、
思っている以上に、いろいろなものがやって来ています。
誰かからの優しさや、
誰かと一緒に笑える時間。
信頼して仕事を任せてもらえること。
必要なときに、
助けてくれる人がいること。
また、
自分の中にある才能や、
これまで積み重ねてきた経験。
そして、
自分が自由に使える時間、など、
こうしたものも、
見方を変えれば、
人生から受け取っている
豊かさの一つなのかもしれません。
*
私は今日、
「今あるものに感謝しましょう」
ということだけを
お伝えしたいわけではありません。
もっと欲しいものがあるなら、
もっと望んでいいと思います。
今より豊かになりたいなら、
そう願っていいと思います。
お金が欲しいなら、
お金を望んでもいいと思います。
なぜなら、
今あるものに気づくことと、
もっと大きな豊かさを望むことは、
矛盾しないからです。
今ある豊かさを受け取りながら、
さらに、
自分が本当に望むものへ
手を伸ばしていくこともできます。
*
そのように考えていくと、
豊かさが広がっていくということは、
何かを外側から増やしていくことだけではなく、
自分自身が、
「受け取ってもいい」と思えるものが、
少しずつ増えていくことでもあるのかもしれません。
愛されてもいい。
評価されてもいい。
楽をしてもいいときもあって、
自分のために、
お金を使ってもいい。
もっと望んでもいい。
そして、
今までよりも、
もっと豊かになってもいい。
私は、そう思っています。
*
そして、ここで大切なのは、
これらの言葉を、
「そう思わなければ」
と、無理に自分に言い聞かせることではありません。
ここしばらくの記事でも
書かせて頂いてきたように、
表面にある言葉だけを変えようとしても、
心のもっと深いところにあるものが
それとは違う感覚を持っていれば、
なかなか変わらないこともあります。
だから、もしも、
「受け取ってもいい」
という言葉に、
どこか違和感があったとしても、
それを急いで変えようとするよりも、
「私は、こういうときに、
少し受け取りにくさを感じる」
と、
自分自身の感覚に
気づいてあげてください。
もちろん、
気づくことと、
そこから本当に解放されることは、
同じではありません。
ですが、
今まで当たり前すぎて
気づかなかった自分自身の感覚に目を向けることは、
これからの変化につながる
大切なきっかけになると思います。
*
もし宜しければ、今日から少しだけ、
「もっと何かを得る」
ということだけではなく、
「今日、私は何を受け取っただろう」
ということにも、意識を向けてみて頂けたらと思います。
小さなことで構いません。
誰かの笑顔や、
優しい言葉。
仕事に関することや、
お金に関することなど。
今までなら、当たり前に通り過ぎていたものの中に、
「これも豊かさかもしれない」
と思えるものが、何か見つかるかもしれません。
そして、そんなふうに、
自分の人生にすでにある豊かさを受け取りながら、
これから自分が本当に望む豊かさも、
遠慮せずに、
望んでいけたらいいのではないかと思っています。
*
ここまでお読み下さって、
ありがとうございます。
今日の内容が、
「豊かさ」ということについて、
これまでとは少し違った角度から
見つめてみるきっかけになれれば、
とても嬉しく思います。
*
今日もみなさまのご多幸を心よりお祈りしつつ
愛と感謝の気持ちを込めて。
